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No.19/2005 |
■IMO(国際海事機関) |
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国際海事機関(IMO)のエフティミオス・ミトロプーロス事務局長が、IMOの業務にとって「人的要素(ヒューマン・エレメント)」がなぜ重要なのかを説く。
まず船員を第一に
海運産業が国際貿易において中枢的役割を果たしていることに疑いの余地はない。原材料、各種部品、製品、燃料、食料品などの長距離輸送において、最も費用効果の高い手段を一貫して提供してきたのが海運産業だ。人的要素は海上輸送の最前線に置かれているため、現代のグローバル経済において、船員は最も重要な要素となっている。船員の重要な役割を表現した次のような言葉がある。「船員の貢献がなければ、世界の半分は凍結し、残りの半分は飢えるであろう」
まさにこの理由から、IMOは業務の焦点を人的要素に関する審議に注いでいる。船員が懸念を持っているストレス、疲労、業務負担、訓練基準、安全保障、環境保護などの問題は、IMOの委員会、小委員会の最重要事案となっている。これらの委員会などに参加する専門家は、仕事を進めるにあたり、船内の機器や操作マニュアルに関する勧告や要件などが適切か否かなどを検討する際に特に「ヒューマン・エレメント」を考慮に入れている。例えば、用語を平易で標準化されたものとすることは前提条件であり、器具が利用者にとって親しみやすく、安全に使用できること、重要な安全装置を統一化し、明確で理解しやすい、最新の操作・技術マニュアルを作成する必要があることなどについて慎重に検討している。
現代の船舶所有者は、適正な資格を有するのみならず、最新の船舶を安全かつ効率的に管理するために必要な、職業的基準と技能を身に付けた船員を雇用することによって得られる利益を明確に認識している。近年においてIMOが策定した最も重要な国際文書の一つと考えられるのが、改正された船員の訓練・資格・当直の基準に関する条約(STCW)だ。この改正の目的は、海運産業が雇い入れることができる人的資源が必要な基準を満たしていることを担保することだった。
最新のものとなった改正STCW条約は、知識の証明から技能の証明へと海事訓練の重点が移行している現状を具体化している。
長期的影響として海難事故統計に現れると思われる、国際海運における安全記録及び環境保護記録の改善をはじめとして、これに関連する事項は膨大だ。これらの改善の功績の一端は、テクノロジーの進歩だと言うこともできるが、事故原因の約8割に「ヒューマン・エラー」が関係していることも統計は示している。したがって、このような改善記録は現代の船員の技能の向上と業務に対する熱意の表れであると言える。
近年におけるIMOの作業で、海上における「ヒューマン・エレメント」に関係が深い事案は、ISMコード(国際安全管理規則)の導入だ。名前が示しているように、ISMコードが取り扱っているのは、関係者すべての利益のために、船内及び企業内における安全文化の構築にむけて全面的かつ積極的な役割を担うべき管理者、とりわけ管理者の責務だ。ISMコードは、経営陣を安全体制チェーンの責任者としており、海上の船舶で何らかの異常事態が発生した場合には、船長だけに任せるのではなく、経営陣としての対応が求められている。
より広範な問題で、あらゆる海運業界関係者と同様、私が懸念しているのは、近い将来に予想される船員不足の問題だ。幾つかの国際、地域及び国内調査などから早急に何らかの措置を講じなければ、最悪の事態が予想されることが示された。収拾不能の事態となる前に、我々はこの問題への取り組みを開始する必要がある。船員の訓練、福祉、賃金、労働条件などの詳細について適切な配慮を行いつつ、強力かつ十分に統合されたキャンペーンを実施することによって、今日の厳しい競争にさらされている国際船員マーケットにおける船員という職業の魅力を、大幅に改善強化することが可能であると、私は確信している。
しかし、私が危機感をもっているのは、過失によって発生した海難事故によって発生した海洋汚染の責任を問われた者を刑事罰の対象とする法制を、幾つかの国が導入しようとしていることだ。刑事訴訟手続きが予想されることとなれば、サルベージ業者や海洋汚染浄化の専門家の迅速な行動に悪影響を与えかねないことは別としても、不注意から汚染をもたらしてしまった者を犯罪者として扱うような決定が行われるならば、将来の職業を選択するにあたり、利害損得を比較検討している若者にとっては、船員を職業として選択する上で新たな阻害要因を作ることとなるだろう。
このような立場に置かれた船員の公正な処遇のため、適切なガイドラインを、ILOと協力して策定すべきだとの提案に応え、IMOではこの問題への取り組みを開始している。極めて困難な問題ではあるが、私には楽観的な見通しを持つ理由がある。それは、問題の複雑で微妙な性格にもかかわらず、国際レベルにおいてある積極的な取り組みが行われているという点だ。
適切な技能と、適正な資格を備えた効率の高い船員のグローバルな要員プールが拡大すれば、適切な能力を持つ人々にとって、船員職業は一生の仕事として現実的な選択となるに違いない。このような状況から明らかなのは、船員の雇用条件は少なくとも関連する他の産業と比較しうるものでなければならないということだ。とりわけ考慮すべきは、海運産業の労働力の質と、海上の安全及び海洋環境の保護の間には、明らかに相関関係があるという点だ。
大多数の船主はこの問題に関する自らの責務を十分に認識しており、その責務を立派に果たしている。しかし、海運産業がグローバルな性格を有していることから、船員たちは労働条件を改善し、基本的人権を確保するために、時には特別な援助を必要としている。
現代の複雑な船舶の運航自体が、船長から甲板員に至る各階層の乗組員の熟練した技能に依存している。各乗組員は船内において遂行すべき役割に必要な技能を持ち、その資格証明を受けている。この点を複雑化させる要因は、法定の資格証明書の取得に関連する不正行為だ。適切な能力を持たない人物が責任ある部署に配置されれば、人命や海洋環境が危険にさらされる可能性もあるため、これは極めて深刻な問題である。
いうまでもなく、資格証明の信頼性は必須条件であり、その有効性は確認されなければならない。したがって、不正行為は完全に排除されるべきだ。IMOが実施した調査は、関連する問題点を確認し、今後に取るべき措置について勧告を行った。この勧告に基づく措置として、STCW小委員会は適切なガイドラインを示した一連の回状を作成し、訓練施設、海事当局ならびに船主に送付した。しかし、船員にも果たすべき役割がある。船員が証明書の不正に遭遇した場合は、直ちに関係当局の注意を喚起するために行動する必要がある。
米国で2001年9月11日に発生したテロ事件を前触れとして、その後に世界各地で発生したテロ攻撃事件にともなって行われた現行制度の強化に関連して、IMOでも、残念なことだが、その他の国連機関との協調が必要となった。2004年7月1日に発効した新たな海上保安措置においても、船員の役割が焦点となった。この措置の策定に際しては、彼らに付託されている責務を完遂するための適切な技能を、すべての関係者が訓練を通じて身につけていることを担保するこことによって、特別の責任体系のチェーン(連鎖)を創造することが指標となった。
国際船舶・港湾施設保安規則(ISPSコード)の実施、とりわけ保安コードが船員に与える影響について、バランスのとれた取り上げ方(アプローチ)が重要となる。犯罪者やテロリストが船員を装って船舶や港湾に侵入することのないよう、保安措置を強化することの重要性と、これらの強化の結果として、例えば上陸休暇を認めないなどの、不利益を船員が被ることのないようバランスを確保することに、IMOは関心を持っている。
海運産業は、船員の自発的行動、協力、日頃の警戒に大幅に依存している。船員の支持と心からの関与がなければ、ISPSコードが目指している(保安)機構は、大幅に弱体化してしまう。船員が何らかの形の疎外感を持ったり、自分の仕事が十分に評価されていないと感じたりすることがないようにすることが極めて重要だ。海上での孤独な日々を、時には数週間を、しばしば時化や悪天候と全精力を傾けて戦いながら過ごした後に港に着いた勤勉な技能労働者(船員)にとっては、上陸することが極めて重要だ。だからこそ、上陸に不必要な制限を受けるべきではない。
諸国政府及び港湾当局は、船員をテロとの戦いのパートナーとして扱い、彼らの港湾や陸上施設の利用を促進すべきだ。今日では、入出港のサイクルが早くなり、在港期間も短期化しているため、船員は常に時間の圧力のもとに置かれている。世界の貿易という平和的目的に従事するために、船舶を沖に向かわせる前に、安全と効率ならびに保安の側面からも、船員はくつろぎと体力回復の適切な機会を必要としている。
IMOやその他の関係者の努力によって、現代の船舶は以前よりも厳密な基準によって設計、建造、装備、運航され、乗組み定員が配乗されている。にもかかわらず、毎年海難事故によって多くの船員が死亡または負傷している。船員の負傷や死亡は、しばしば記録に残ることもなく、家族や親しい友人の記憶に残るだけで、多くは忘れ去られてしまう。
IMOの50周年を記念して、1998年に船員のための財団が、ITFの資金援助によって、設立された。この基金の一部は、IMO本部に恒久的な船員の記念碑を設立するために使われた。この記念碑は、船員の役割の重要性とIMOの業務の目的を表現している。IMOの使命である「汚染のない海洋における安全・保安措置を備えた効率的な海運」の追求において、私たちが決して忘れてはならないのは、これらの目的を達成するためには、何にもまして船員の貢献が不可欠であるということだ。
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