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No.28/2014 |
■黒海の実態 |
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昨年、チハン・ハザー監督率いる映画製作班は、4カ月を費やして、黒海で働く船員の実態を描くドキュメンタリー映画をITFのために製作した。彼らが目撃することとなる実際の場面は、予想をはるかに超えたものだった。
私と製作班が4カ月かけて黒海で働く船員のドキュメンタリー映画を撮影することに合意したとき、船員の苦境を証明するものをどれだけ撮影できるのか確信がなかった。
映画製作の目的は、最も老朽化した船舶の就航が未だに許されている地域で船員の労働・生活条件を改善しようとするITF「恥辱の黒海」運動を支援することだった。この地域に滞在中、我々はトルコとグルジアの船舶30隻以上を訪問し、約400人の船員に会う機会を得た。また、多数の弁護士、ポート・ステート・コントロール(PSC)の係官、組合幹部・活動家にインタビューすることができた。これら通じて、船員の労働条件がどうあるべきかについて学ぶことができたと同時に、通常の基準と黒海の現実に大きな隔たりがあることを知った。
もちろん、我々の目的を達成するために、基準以下船を狙って訪船しようとした。しかし、実際のところ、選ぶ船はいくらでもあった。黒海の船舶の少なくとも3分の1は船齢30年以上で、それらの船舶の多くの乗組員が劣悪な生活条件や深刻な問題に直面していることが分かった。実際、トルコのDAD-DER労組が、適正水準の船舶の訪船を通じて、船内生活がそれほど悪いものではないことを我々に示そうとしたが、そのためには、我々をこの地域の外に連れ出さなければならなかった。その差は豚小屋と宮殿を比較したものよりずっとひどかった。
海に浮かぶ棺
私たちが訪れた黒海の船の労働・生活条件は全てグローバル基準を大幅に下回るものだった。実際、ほとんどの船がスクラップ船同然で、まるで、海に浮かぶ棺のようだった。そして実際の船内生活は地獄のようなものであることを知った。
第199ボルゴ・バルト号はその一例だ。2012年12月4日、1976年建造の川船、第199ボルゴ・バルト号(セントクリストファー・ネーヴィス籍)は、ロシアからトルコのアンタルヤ港に向け、石炭を運搬中に暴風雨に遭遇し、イスタンブールに近い黒海のシレ海岸沖で沈没した。乗組員12人(ロシア人1人とウクライナ人11人)のうち、助かったのは4人だけだった。さらに、救出に向かった救助艇も巨大なうねりの中で転覆し、船長と乗組員3人が行方不明になった。
犠牲者の遺族が葬儀の準備をしている時、当局は「船員たちは出帆前に別れの挨拶を言い合う。船員という仕事はそういうものだ」と言い放った。我々はこういう考え方を受け入れることはできない。このような古い川船が、荒々しさで有名な黒海で運航することが許可されるべきではなかった。金儲けのために船員を雇い、棺に送り出す人間を雇用主と呼ぶことはできない。彼らは殺人者だ。彼らに運航を許可する当局、オフショア会社を通じて彼らの運航を支える者、船舶検査をしながら欠陥に目をつむる者、その他の傍観者は皆、"雇用主"と同様に、この悲劇的な事故の責任がある。
我々は第199ボルゴ・バルト号のような海難事故を数多く耳にした。防ぐことができたこれらの事故の犠牲者の遺族は、埋葬する遺体やお参りするお墓さえもなく悲嘆にくれている。生存したとしても、怪我で身体に障害が残った場合も財政的な支援さえ受けられない。働くことができなくなっても、社会保障もなければ、医療保険も適用されない。高齢者福祉もほとんど存在しない。実際、基準以下船で働く70代や80代の船員を見かけた。不当な制度の中で、船員も家族も見捨てられている。政府やその他の機関は沈黙を続けるだけだ。
基準以下船の問題は耐航性だけではない。老朽船にみられる時代遅れの機器は、運転を続けるために、より多くのエネルギーと長時間労働を必要とする。そして、長い一日がやっと終わったとしても、船内の劣悪な居住設備やレクリエーション設備は、乗組員に休息や息抜きを与えてくれるような代物ではない。
飢えさせるまま
我々が出会った船員が最初に口にしたことは、賃金を期日までに払ってもらえない、あるいは、全く払ってもらえないということだった。未払い賃金を手に入れることに望みをかけて、飲料水もまともな食料もないまま、運命に身を任せながら、必死に船内で待っている船員にも出会った。
我々が訪れた船の一つにアタマン号がある。本船に近づくにつれ、「助けて!」と書かれたプラカードが船側越しに掲げられているのが見えた。ウクライナ人とロシア人の乗組員は、燃料も電気も食料も水もないまま、他の船からの施しで何とか生き延びようとしていた。本国に帰ることもできず、生きるために魚を釣り、ドラム缶の中で起こした火で残り少ない食料を調理していた。彼らの中に77歳の老船員がいて、このような状況に耐えぬいていること自体が奇跡のように思われた。
船舶調理師は、家族の訃報を知らされたが、葬儀にかけつける手段がなかった。港湾当局は本船が無人になることを恐れ、乗組員の帰国を許さなかった。逃亡を阻止するために、上陸許可証さえ発行しなかった。乗組員はまるで有罪判決を受けた犯罪者のようだった。もちろん、彼らも刑務所の中に閉じ込められているようだと感じていた。幸いにも、ITFが介入し、当面のニーズに対応し、最終的には本国送還を実現させた。
ヘレケの近くで錨泊していたミニ・スター号でも同様の場面を目撃した。そこでは、ウクライナ人とロシア人の乗組員が、一切の供給なしに、6ヵ月間、未払い賃金の支払いと送還を待っていた。
トラブゾン港で遺棄された別の船では、アゼルバイジャン、トルコ、グルジア、ウクライナの船員が、「5ヵ月間も賃金未払いが続いているばかりか、船社が負債を抱えているために、食料も確保できないでいる」と語った。港長が短期間、食料を提供してくれたこともあったが、今やそれも中止されたとのことだった。この問題もITFのおかげで解決し、乗組員は未払い賃金を手に入れることができた。
このような賃金未払いや支払い遅延は、船員の家族に大きな負担を強いる。借金はかさみ、子供を学校に行かせられなくなり、離婚や家族離散につながるケースもある。
黒海は、異なる国籍、言語、宗教の船員を寄せ集め、共通の運命に直面させる。ある者は死に、ある者は過酷な状況の中で生き残るために闘う。当局は責務を果たしていない。無謀な船主の運航を許可し、船舶検査を行わず、船員を溺死、餓死させるままにしている。政府は船員の問題に全く関心がないように思われる。この映画を通じて、世界の人々が黒海の船員の叫びに耳を傾けることを期待する。黒海で生計を立てようとしながら、悲惨な状況の中で命を落としていった何百人もの船員にこの映画を捧げたい。
チハン・ハザーは、「カラデニズ/黒海」を制作したTurizm Basim Yayim Bilisim veTic社の映画監督。ドキュメンタリー映画「黒海」は、2014年8月にソフィア(ブルガリア)で開催されるITF世界大会で初公開される予定。 |
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